同じ場にいるのに、
見えている問題が違うことがあります。
ある人には、急ぐべき課題に見えている。
別の人には、まだ様子を見るべきことに見えている。
さらに別の人には、そもそも問題として立ち上がっていない。
同じ会議にいて、
同じ説明を聞いて、
同じ資料を見ているはずなのに、
前景に立ち上がっているものが違う。
その違いがあると、
話し合いは少しずつ噛み合わなくなります。
誰かが慎重すぎるのではない。
誰かが理解していないのでもない。
ただ、それぞれの中で、
何が問題として立ち上がっているのかが違っている。
そのとき、場にあるズレは、
意見の違いだけでは説明しきれないことがあります。
同じ現実に触れていても、
経験されている世界は同じではない。
何が大きく見えているのか。
何が背景へ退いているのか。
どこからその場を見ているのか。
それらが少しずつ違うと、
同じ場にいても、
見えている問題の輪郭は変わります。
議論が進まないとき、
すぐに原因や責任へ向かう前に、
その場で何が前景に立ち上がっていたのかを見てみる。
そこには、
結論の違いよりも手前にある、
見え方のズレが静かに現れていることがあります。
