予定が一つ変わっただけなのに、その日全体の感じ方が変わることがあります。
午前中の打ち合わせが午後にずれる。
短い確認の予定がなくなる。
少し重い話し合いが、翌日に移る。
出来事としては、予定が動いただけです。
けれど、その瞬間に、その日の見え方が変わることがあります。
余裕ができたように感じる。
反対に、落ち着かなくなる。
先延ばしになっただけなのに、重さが一日中残る。
空いた時間なのに、自由な時間としては感じられない。
時間は同じ長さで流れているはずです。
けれど、経験される時間の意味は、同じではありません。
ある予定が前景に立っていると、その前後の時間まで、その予定の色を帯びることがあります。
まだ始まっていない出来事が、すでにその日の中に入り込んでいる。
終わったはずの予定が、そのあともしばらく背景に残っている。
そのようなことがあります。
予定が一つ動くと、ただ時間割が変わるだけではなく、何を待っているのか、何から解放されたのか、何が残っているのかが変わります。
同じ一日でも、何が前景にあるかによって、その日の輪郭は変わって見える。
予定変更に揺れる感覚の中には、時間そのものではなく、意味の置かれ方が変わる瞬間が現れているのかもしれません。
この構造は、講演で扱うテーマの一部です。
