画面共有を見ているのに、少し置いていかれるとき

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オンラインの打ち合わせで、誰かが画面を共有している。

資料は見えている。
説明も聞こえている。
画面の中で、カーソルが動き、ページが進んでいく。

それでも、どこか少し置いていかれるように感じることがあります。

内容が難しいわけではない。
聞いていないわけでもない。
質問したいほど明確に分からないわけでもない。

けれど、画面の進み方と、自分の中で理解が立ち上がる速さが、少しずれている。

共有されているものは同じです。
同じ資料が画面に映り、同じ言葉が流れている。
けれど、それを見ている人の中で、何が前景に立ち上がっているかは同じではありません。

ある人には、全体の流れが見えている。
別の人には、今どこにいるのかが見えにくくなっている。
さらに別の人には、自分が質問してよい場所を探す感覚が前に出ている。

画面共有では、場の中心が画面に集まりやすくなります。
その一方で、自分がその場のどこにいるのかという感覚は、少し背景へ退くことがあります。

見えているのに、追いついていない。
聞こえているのに、入っていない。
参加しているのに、少し外側にいる。

そのような感覚が立ち上がるとき、そこには理解不足だけではなく、画面と自分との距離がつくる見え方の揺れがあるのかもしれません。

同じ画面を見ている場で、誰がどこに置かれているように感じていたのか。
その小さなズレを観察すると、オンラインの場で繰り返される違和感の輪郭が、そっと現れてくることがあります。
この構造は、講演で扱うテーマの一部です。

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