言おうとして、言わなかった言葉があります。
その場では、言わない方がよいように感じた。
話の流れを止めたくなかった。
まだ言葉にするほど整っていなかった。
今ここで出すことではないと思った。
そうして、その言葉はいったん自分の中にしまわれます。
けれど、あとになって、その言葉が何度も戻ってくることがあります。
帰り道で思い出す。
別の会話の途中で浮かぶ。
似た場面に出会ったとき、また同じ言葉が内側で動く。
言わなかっただけなら、そこで終わってもよさそうです。
けれど、しまわれた言葉が、すぐに消えるとは限りません。
その場で前景に立ち上がらなかったものが、時間をおいて別の形で前へ出てくることがあります。
言葉にならなかった違和感。
まだ形を持たない引っかかり。
その場では背景へ退いた小さな反応。
それらは、後から別の場面に触れたとき、似た輪郭として戻ってくることがあります。
このとき起きているのは、単に言えばよかったという後悔だけではないのかもしれません。
一度しまった言葉が戻ってくるとき、そこには、場の中では前景になれなかったものが、時間の中で少しずつ形を持ち直している可能性があります。
何が言葉になる前に退いていったのか。
何があとから再び立ち上がってきたのか。
その動きを眺めると、日常の中で繰り返される見え方の再発が、静かに現れていることがあります。
この構造は、講演で扱うテーマの一部です。
